インフレのニュースが、新聞の経済欄から飛び出した。新たに落ち着いた先は、政治欄だ。そのことには、様々な意味がある。
数週間前、インフレはほぼ専門家だけの、そして金融指標の問題だった。ところが人々がしきりに、不安あるいはジョークとして話題にし始めた。例えばトマトのインフレは、2012年の農業コモディティーの値上がりという枠を超えて、話題になった。
メーデーの式典では、インフレに寛大なジルマ政権の対応を非難し、物価の上昇を招き労働者の購買力を低下させていると言い募ったことが、スピーチの中核的なテーマになった感があった。大統領府執務室のジルベルト・カルバーリョ事務局長は、ジウマ政権を弁護する責務があると感じたようだ。彼は、労組指導部を支持するメッセージを寄せる代わりに、ジウマ大統領はインフレ退治に「獅子のごとき意気込み」だとコメントした。だが、それほどできた話でないことは、誰もが知っていた。大統領はこの問題になるとどっちつかずで、不明瞭で混乱した態度に終始する。
ジウマ政権は、これまでのところ、2つの困難に直面している。政府が自らの判断基準に照らして受容できる最低限度の成長軌道に乗せることができずにいること。そして、インフレを、政府自ら設定した目標に収める能力に欠けていること。
大統領はそれこそ数えきれないほど、この2つの問題に同時に対処することができないことを示唆してきた。経済成長に向けた景気浮揚策はインフレを引き起こさせ、インフレへの処方箋は生産活動を抑制する。この状況で、政府は常に、なかなか達成できない「ピボン(大きな成長を達成したGDP)」~政府最大の不満~ の一方、景気を引き上げるべく公的資金を支出することを重視した。
多額の支出を垂れ流すに任せ、経済が支えられる規模を超えて消費を刺激しただけでなく、ジウマ政権は、インフレ退治にはわずかな対策しか施さなかった。政府は、年間4.5%のインフレターゲット達成に向けた対策をほとんど講じることなく、経済生産性の向上を上回って給与が上昇するのを放置し、経済の見通しに対して手を打っていくという中銀の能力も剥奪した。
3月末に南アフリカで開催されたBRICS首脳会議と並行して行われたインタビューで、ジウマ大統領は、神経質な反応に対して本音を漏らす失言を犯した。最初の誤りは、「インフレを退治する政策は経済成長を制限する」ことに同意したことだ。だが、金融市場が発言の意味を物価安定政策の崩壊への危機と理解した後、「インフレ退治は我が政権において重要な意味を持ち、かつ、不断の努力を傾ける課題である」と宣言した。
この事件は最終的に、インフレに立ち向かう獅子という、かつてなかった、そして、恐らくはそうあろうとすら試みたことがない大統領の姿を披露したのだ。5月1日の大統領の声明は、インフレの戦いが「不断、不変、恒久的」だと、言わざるを得なかったように思える。誰か、この単語の羅列に現実的な整合性を指摘できる人はいるだろうか?
インフレの政治問題化は、問題そのもののダイナミックさに従って課題が処理されるということだ。この場合、ジウマ政権は真剣に物価の上昇に取り組むか、あるいは、そのダイナミックな動きに飲み込まれて流されてしまうかだ。(2013年5月3日付けエスタード紙 セルソ・ミンギ)