1930年代の世界大恐慌以来の甚大な経済危機という、最悪のタイミングに重なった国際会議リオ+20でブラジル政府は、その実施にこだわる余り、大志があり余った一方で、リアリズムを欠いていた。ホストとしてだけでなく、ジウマ・ロウセフ大統領は、重大な環境に関連した交渉に、可能な限り集中すべきだった。大統領は18日と19日にG20へ出席するためメキシコへ行かねばならず、しかも早々に帰国してリオセンターの作業部会の開始を宣言しなければならなかった。しかも同センターでは数10か国が、長期的な環境政策のコミットメントを協議するため、極めて緊急性の高い国際的な経済問題を棚上げする必要に迫られた。
少なからぬ重要人物が欠席しており、もし実際にそれが避けられなかったのなら、まさに開催のタイミングが悪かったと言える。欠席した重要人物には、米国のバラク・オバマ大統領、ドイツのアンジェラ・メルケル首相、日本の野田佳彦首相、英国のデイビッド・キャメロン首相、国際通貨基金(IMF)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事などがいる。
国際通貨基金の専務理事は出席することを確約し、講演についても準備が整っていると発表していたが、最終的にその約束を撤回し、ギリシャの新政権と新たな財政問題、スペインとイタリアにおける銀行問題などで再び注目を集める欧州で開かれた会議に出席した。
ブラジルの役員では少なくとも1人、財務省のカルロス・アウグスト・コゼンデイ国際問題担当補佐官が、今回の国際会議に対する失望を隠さずコメントしている。同外交官は、「私はいずれの交渉にも直接は参加していない。しかしながら、環境政策への融資や開発支援などの国際的な資金問題は、世界経済危機の打撃を受けていたことは明白」と言う。
更に同氏は、伝統的に国際協力に参加してきた国が「現在、極めて難しい財政状態」にあるとした上で、様々な交渉において、その忘れられていた問題が明らかに浮き彫りになり目を引いたと語った。環境政策にはコストがかかるが、多くの国で、それを支援するための資金が不足している。エクアドルのラファエル・コレア大統領は、もし同国が環境問題のための資金援助を受けられるなら、環境保護のため石油開発を部分的に中断する意思があると発言した。今の時世、このような政策に資金の拠出を行う国があるだろうか?
様々な政府が短期的な課題に注目し、自然の保護と深刻な社会問題の軽減につながる長期的なコミットメントを先送りする状況を、ジウマ・ロウセフ大統領は批判した。これらの政治家を近視眼的と決めつけるレトリックを称賛することは、政治的には正しいことだ。しかし重大な社会問題は、現在、環境への取り組み以上に、非凡かつ喫緊のものだ。
欧州連合における失業率はおよそ10%であり、しかも、スペインでギリシャでは22%を上回る。食料品の価格が過去12か月でやや好転したとはいえ高値を維持しているため、食料品を輸入する貧しい国々では飢餓が深刻化している。ヨーロッパの停滞と米国の失速、中国経済の冷却は、世界の貿易にとって脅威となり、ブラジルや数多くの南米諸国のような原材料の輸出国に影響を及ぼす。
このような数字を前にして、リオ+20の総括文書を、大胆なものにするか中庸を取るか、あるいは控えめなものにするかを議論することは、時間の無駄だ。わずかばかりの良識によって問題が解決され、このような状況下で可能な範囲の共同声明が採択された。その内容は、もう少し突っ込んだものにも、あるいは控えめなものにもなった可能性はあるが、いずれの場合でも、この線から大きくは外れなかっただろう。NGO活動家は批判を展開し、セミヌードで抗議し、金切り声でスローガンをがなり立てたが、その内容は、環境問題から、性問題、ドラッグの公認、会計規則の改定、南アメリカにおけるクリケットの普及まで、ありとあらゆる種類のものだった。各国の元首や代表者らは、これらの問題に関する裁量権を持ち合わせていない。誠実な政治家の間では、リオ+20で出された成果以上を要求する声は存在しない。むしろ、その開催時期について、遺憾の声があるはずだ。(2012年6月24日付エスタード紙)